疑念あり、制度見直し案

 国交省は2010/1/1より運用開始を予定する「価格等調査ガイドライン案」を策定公表しているが、同ガイドライン案について(社)日本不動産鑑定協会は、協会が自発的に策定する各種指針(案)に関わる意見を09/07/22より募集している。 この国交省作成ガイドライン案並びに鑑定協会の対応方針について、幾つかのというよりも根本的な疑念が禁じ得ないのである。
「 意見募集の期間: 平成21年7月22日(水)~平成21年8月12日」





 鑑定協会が策定する各種指針(案)に関わる「茫猿の疑念」は、要約すれば次の三点である。

一.名称独占並びに業務独占の地位を与えられた不動産鑑定士は、独占に関わる社会からの信頼に応える義務があるという点を自覚すべきであろう。
 『鑑定士にノブレス・オブリージュの自覚を求めるものである。』

二.そのような不動産鑑定士が発行する署名・記名押印文書はそれ自体が社会的存在であり、本来的に非開示を前提とするものでない。ましてや、作成交付した文書の非開示を求めることなどあり得ない。
 『鑑定士の手許を離れた交付押印文書は、原則として依頼者の裁量に委ねられるものである。』

三.およそ、対象不動産の現場を踏査することなく、いかなる価格等調査意見を『不動産鑑定士』として表明できるというのであろうか、あり得ないことと考える。
 『鑑定評価基準に則ろうと、則らないものであろうと、不動産鑑定士にとって、現場踏査は欠かせない手順である。』

 以上を茫猿なりに詳述してみれば、以下のように考えるのである。

一、不動産鑑定士並びに不動産鑑定業者とは、いったい何者なのか?
 不動産鑑定士は名称独占の地位を法によって与えられているものであり、不動産鑑定業者は業務独占の地位を法によって与えられている、つまり業務並びに名称独占資格である。 さらに不動産鑑定士並びに鑑定業者ともに、法によって厳格な守秘義務が課せられている。
 何が言いたいかといえば、法によって独占的地位を与えられた資格者が行う行為、この場合には名称の如何を問わず作成交付する書類(価格水準調査報告書等)について、その作成依頼に際しては「名称並びに業務独占に関わる社会の信頼と、それに応える責務」という背景が存在するということである。

不動産の鑑定評価に関する法律(昭和三十八年七月十六日法律第百五十二号)
最終改正年月日:平成一八年三月三一日法律第一〇号

二、依頼者はなぜ不動産鑑定士及び鑑定業者に価格調査等業務を依頼するのか?
 先ずは依頼者の業務進行レベルが不動産鑑定評価書を求めない程度の準備段階であるということがあろう。 或いは鑑定書レベルの精度を要求しない程度の要請であるという場合もあろう。 最も多いであろうと推定されるのは報酬額の低減を求める場合と、依頼者の要求を斟酌した調査報告書の交付を希望する場合ではなかろうかと考える。

 いずれの場合もなぜ鑑定業者に調査報告書作成業務の依頼を行うのかという、依頼者側の背景事情を考える必要があろうと思われるし、鑑定士並びに鑑定業者の押印文書を求めるという依頼者側の背景事情を考えれば依頼謝絶が当然な場合もあるだろうと思われる。

三、法第三条第二項の背景
 それら社会(依頼者側)の要請と、鑑定業界側においても周辺業務拡大希望が存在することから、法第三条第二項に、「不動産鑑定士の名称を用いて、不動産の客観的価値に作用する諸要因に関して調査若しくは分析を行い、又は不動産の利用、取引若しくは投資に関する相談に応じることを業とすることができる。」と改正されたのであろう。
 しかしこの改正は法が示すとおり、《不動産鑑定士の名称を用いて》という点に主眼があり、名称独占(結果としての業務独占)という黙示が背景にある。 この点は鑑定士として忘れてはならない事項である。

四、以上の視点からガイドライン案及び協会業務指針案を眺めれば
 総括鑑定士、関与鑑定士、確定担当鑑定士、作成担当鑑定士等の様々な名称区分が用意されると共に、署名押印鑑定士、記名押印鑑定士、記名鑑定士などの分類も用意されている。
 証券化業務や全国各地に亘るデューデリ調査などであれば、多数の鑑定士が関わらざるを得ないことから、このような分類区分が考え出されたのであろうが、何か違うのではなかろうか。

 多岐大量にわたる業務であれば、個々の事項毎に、つまり比準価格試算、収益価格試算、積算価格試算、評価額決定業務等関連業務毎に責任鑑定士が署名押印すれば事足りるのではなかろうか。 多数の対象不動産に関わる鑑定評価であれ価格等調査であれ、案件毎に関与した鑑定士が署名押印して自らの責任を明らかにすれば事足りると考えるのである。

 何が言いたいかといえば、多数の鑑定士の氏名羅列には何の意味もないのであり、どの業務に誰が関与し責任を負うのかを明らかにしておくことが重要なのである。

五、業務の目的と範囲等の確定に係わる確認書への疑問
 参考として提示されている確認書記載例については、疑念が存在するというレベルを超えている。 撤廃を求めたいのである。

1.公表又は依頼者以外の者への開示等
 不動産鑑定士は法によって名称並びに業務独占を許されている者である。 つまり不動産鑑定士と名乗ることが既に社会的存在であり、社会がその肩書き故に信頼をよせる存在なのである。 不動産鑑定士が作成し署名・記名押印の上で依頼者に交付した書類は、その書類の名称如何に関わらず、交付した瞬間からその署名押印文書は社会的存在となるのである。

 依頼者が公表しようと、関係する第三者に開示しようと提示しようと、それは依頼者の判断であり行為である。 鑑定士が非公開を求める書類など作成してはならないと考える。 もし非公開極秘文書を作成するのであれば、それは制度見直しとはおよそ次元の異なる話である。

 なお、取引事例属性等第三者に係わる守秘義務事項については、書類作成段階で厳重に守秘に注意するよう既に求められているのであり、署名押印文書は、交付後において依頼者が如何様に開示しようと構わないとする類の書類である。 別の表現を用いれば、第三者に開示されて困るような押印文書を発行すること自体がナンセンスと云えよう。

2.現地実査の有無について
 調査手順のうち現地実査の有無についても確認するよう「確認書案」は例示している。 どのような類の書類であれ、鑑定士が不動産に関わる署名・記名押印文書を発行するについて、現地実査を行わないなど考えられないことである。 対象不動産の物的存在を確認せずに、どのような意見を表明できるというのであろうか。 これを称して「不動産鑑定評価基準に則らない調査」とでも云うのであれば、この種の文書に関与鑑定士の記名すらまかりならないと云うべきであろう。

六、結論
 原則的には、不動産鑑定士並びに不動産鑑定業者がいかなる種類の文書を発行しても構わないと私は考える。 しかし、その場合にも自ずと守らなければならない自明の責務、すなわち社会との黙示契約というものがあろうと考える。

 一つは、社会から名称並びに業務独占の地位を与えられた存在であるという、いわば「ノブレス・オブリージュ」という自覚が最も重要だということである。 それなくば、鑑定士はただの鑑定屋、いいえ値踏み屋・調査屋に墜ちるのであろう。

 一つは、発行した書類は、その瞬間から社会的存在になるのだという自覚と見識が重要である。 もし、どうしても依頼者に非開示を求めるのであれば、非開示を担保する巨額の損害賠償契約を結ぶべきであろう。 でなければ、鑑定業者側だけの確認押印文書など何の意味も持たないと承知すべきである。 何よりも開示されて困るような文書に署名(記名)押印するような不動産鑑定士の見識を疑うのである。

 さらに重ねて、もう一つ、現場に足を運び自らの目で確認しようとしない鑑定士など、鑑定士の名に値しないと自覚すべきである。 現場におもむき、現場で考えるから、その高度な知識も、豊富な経験も、的確な判断力も生きるのであり、現場を知らない鑑定士など只のストーリーテラーにしか過ぎない。

 断っておきますが、机上調査を全否定するものではない。 手順の一つの段階として机上調査は存在するし、机上調査報告書もあり得るであろうが、それは署名・記名押印文書ではないという意味である。 机上調査事項のみを羅列ファイル化して提出交付すれば済むことである。 押印文書であれば机上調査で判明した客観的事実以外には、如何なる鑑定士の判断もまじえてはならないということである。

 茫猿も机上調査等で得た資料、登記事項証明書、公図等写し、所在地位置図、地価公示価格等公表価格関連書類等を交付した上で、メモや口頭説明を加えるという「不動産の利用、取引若しくは投資に関する相談」を行うことは、しばしばある。 この種の業務を否定するものではない。 でもそれは、押印文書の作成交付とは厳に一線を画するものである。

 ことの本質を忘れたガイドラインやマニュアルは、それが詳細であればあるほど、本質から遠ざかるものであり、有害無益と知るべきであろう。 鑑定協会は、確認書は参考文書に過ぎないと云うのかもしれないが、参考文書が一人歩きした例は数多いのである。 鑑定協会に再考を促す所以である。

『追記、その1』
 国交省が公表する「価格等調査ガイドライン案概要」には、以下の事項が掲載されている。
5.不動産鑑定評価基準に則った鑑定評価とそれ以外の価格等調査との峻別等
 不動産鑑定士が不動産の価格等を調査するに当たっては、不動産鑑定評価基準に則った鑑定評価を行うことを原則とする。ただし、以下の場合には、不動産鑑定評価基準に則った鑑定評価を行うことを必ずしも求めるものではない。

①調査価格等が依頼者の内部における使用に留まる場合
②公表・開示・提出される場合でも公表される第三者又は開示・提出先の判断に大きな影響を与えないと判断される場合
③調査価格等が公表されない場合で全ての開示・提出先の承諾が得られた場合

 本意見は以上の場合に、調査報告書を発行することを否定するものではない。 発行して構わないのであるが、鑑定士の署名或いは記名押印は謝絶すべきであると云うのである。 文書に業者名の記載はやむを得ないであろうが、誤解を招きかねない「鑑定業登録番号」や「代表者が不動産鑑定士であることの併記」などは行うべきでないと云うのである。 その意味からは社名印押印も避けるべきであろう。

 すなわち「李下之冠、瓜田之履」をいうのである。 また「公表しない」などという、「あてにならない約束」などを頼るなと云うのである。 作成者の意に反して『鑑定士の先生が作成した文書ですよ』と、世間に流布する懸念を断ち切る手段を講じろと云うのである。 業務拡充を急ぐあまりに策を弄するなと云うことでもある。

『追記、その2』
 不動産鑑定評価基準:第9章鑑定評価報告書:第2節記載事項:Ⅰ 鑑定評価額及び価格又は賃料の種類に記述される以下の事項は本末転倒ではないかと、改正当時より考えているのである。
『正常価格又は正常賃料を求めることができる不動産について、依頼目的及び条件により限定価格、特定価格又は限定賃料を求めた場合は、かっこ書きで正常価格又は正常賃料である旨を付記してそれらの額を併記しなければならない。』(鑑定評価基準より)

 この項は以下のように記述されるべきと考えるのである。
『正常価格又は正常賃料を求めることができる不動産について、依頼目的及び条件により限定価格、特定価格又は限定賃料を求めた場合は、正常価格又は正常賃料の記載に付随して、当該価格である旨並びにその付加条件を過不足なく記載した上で、それらの額をかっこ書きで併記しなければならない。』


【参考:不動産の鑑定評価に関する法律の抜粋】

第三条(不動産鑑定士の業務)
 不動産鑑定士は、不動産の鑑定評価を行う。
2 不動産鑑定士は、不動産鑑定士の名称を用いて、不動産の客観的価値に作用する諸要因に関して調査若しくは分析を行い、又は不動産の利用、取引若しくは投資に関する相談に応じることを業とすることができる。ただし、他の法律においてその業務を行うことが制限されている事項については、この限りでない。

第六条(秘密を守る義務)
 不動産鑑定士は、正当な理由がなく、鑑定評価等業務に関して知り得た秘密を他に漏らしてはならない。不動産鑑定士でなくなつた後においても、同様とする。

第三十三条(無登録業務の禁止)
 不動産鑑定業者の登録を受けない者は、不動産鑑定業を営んではならない。

第三十六条(不動産鑑定士でない者等による鑑定評価の禁止)
 不動産鑑定士でない者は、不動産鑑定業者の業務に関し、不動産の鑑定評価を行つてはならない。

第三十八条(秘密を守る義務)
 不動産鑑定業者は、正当な理由がなく、その業務上取り扱つたことについて知り得た秘密を他に漏らしてはならない。不動産鑑定業者がその不動産鑑定業を廃止した後においても、同様とする。

第五十一条(名称の使用禁止)
 不動産鑑定士でない者は、不動産鑑定士の名称を用いてはならない。
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by bouen | 2009-08-11 18:35 | 不動産鑑定


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