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25%削減目標とHTV

 正しくは前麻生内閣発足以来と言ってよかろうが、世の中は総選挙とその結果として政権交替が成るか成らぬかで明け暮れてきた。 それが最高潮に達したのが八月末から九月初めにかけての狂騒であり喧噪であった。 あれから一ヶ月余が過ぎて世間は平静を取り戻したと云うよりは、祭りのあとの一種虚脱感にとらわれているように思えてならない。

 鳩山民主党代表は選挙期間中にマニュフェスト事業の財源を問われると「事業の優先順位を見極めて、優先順位の高いものから予算を配分する。」と繰り返し述べていたのである。 にも係わらず22年度予算概算要求に際して、そういった予算編成上の基本方針とか原則が示されたという報道は目にしていない。 現内閣における優先順位の明示もないし、各省庁毎の優先順位明示もないのである。 この間、鳩山総理は世間の耳目を奪いやすい外交日程消化を優先していたとしか見えないのである。



 史上最高額の概算要求額をこれから精査して、現内閣施策優先順位を指標として次年度予算を決定しようとするのかもしれないが、それならそれで、そういった基本方針とか原理原則といったものを事前に明示しておくべきであろう。 そうでないと一律縮減とか、諸方面に配慮した挙げ句の無原則膨張予算に為りかねない。 それは悪しき政党政治の見本とも為りかねないのである。

 ところで、この二ヶ月ほどの間で茫猿が注目している記事が二件ある。
 一つは好意的論評が少なく、批判的論評が多いCO2:25%削減目標である。 
この目標設定には批判的論評が多い、曰く「鳩山総理の暴走。」、「削減目標を実行すれば年間36万円の家計負担。」、「日本は省エネ大国であり、今や削減余地はない。」、「日本企業の収益力を奪うと共に、海外移転を助長する。」等々である。 

 鳩山氏は「日本のみが削減目標を掲げても気候変動を止めることはできない。すべての主要国が参加した目標合意が国際社会への約束の前提だ」と指摘した上で、「政権交代が実現することになった今、温室効果ガス排出削減に関する2020年までの中期目標として「1990年比25%削減を目指し、国際的なリーダーシップを発揮したい」と述べたのである。 25%削減目標の前提条件として「排出大国である米国や中国の参加」を求め、そのためのリーダーシップとしての25%明言なのである。

 この前提を抜きにして、25%のみをあげつらうのは、ためにする議論であり、単なる自己保身的議論に過ぎないことが忘れられている。 自動車のハイブリット等省エネ化推進、大型車の課税強化、炭素税の創設、自家用車から公共交通機関への移行促進などなど考えられること、直ぐにでも着手可能なことは多いのである。

 でもそれらの着手可能な削減施策は、既存の経済構造を転換させるものであり、現状に安住することを許さないものである。 自動車の省エネ化小型化は車産業には容易に肯定できないであろうし、自動車から鉄道へという施策に至っては反対せざるを得ないであろう。 太陽熱などの自然エネルギーや燃料電池等による家庭消費電力の置き換えは、既存の電力会社にとっては死活問題になりかねない。 ことほど左様に政策施策の大転換は産業毎に企業毎にその及ぼす影響は大きいのである。 国交省によるダム事業見直し施策だって同様のことが云えるし、従来型の鉄とコンクリート主体の公共事業削減だって、その及ぼす影響は大きいと云える。

 そうであるにしても、マイナーチェンジを繰り返すことだけでは日本経済はもう限界に来ているのだろうと思われる。 経済成長を続けるために、飛躍的あるいは大幅な質的転換を図るためには「25%削減」という既成の概念、思考方法では実現不可能とも思える目標を掲げることにより、全く新しい技術、思考行動パターン、古い産業のリニューアル、新しい産業の創造といったものを目指すしか道がないのではなかろうか思う。 そういったブレイク・スルーこそが、二十一世紀にふさわしいと思うのである。

 もう一つはあまり話題になっていないHTV(H-II Transfer Vehicle)についてである。
けっして無視されたわけではないが、総選挙結果とその後の喧噪の陰に隠れてしまったと言ってよい出来事であるが、その実態は日本宇宙技術の快挙であると云ってもよい出来事であろうと思われる。 HTVを搭載したH-IIBロケット試験機は、9月11日に種子島宇宙センターから打ち上げられ、次いで9月18日に国際宇宙ステーションにドッキングしたのである。

 スペースシャトルと比較してみれば、無人遠隔操作でドッキングを実現したこと、宇宙ステーションまで輸送したHTVは直径4m×延長10m、搭載可能重量6tというものである。 バスを宇宙空間に打ち上げて、地上400kmの高度で宇宙ステーションに接続するという無人輸送機なのである。 しかも宇宙ステーションに貨物を輸送したあとは、宇宙ステーションで排出されるゴミを搭載して大気圏に戻り、大気圏中で燃焼してしまうという合理的な使い捨て機でもある。

 スペースシャトルの問題点は人間と貨物を同じ機体で宇宙空間に運ぼうとし、しかも継続使用を前提としたことにあると云われている。 このあたりはサイト「魚の目」に、かの堀江貴文氏が連載する「宇宙論」に詳しい。 結論的に云えば日本の宇宙技術は、とんでもなく高度でしかも経済合理性に貫かれていると言えるのであり、マスコミなどでもっと高く評価されてよいものである。

 牽強付会と評されるかもしれないが、CO2:25%削減目標だって過去の延長線上で考えたり、既往の利害関係者(企業・産業・省庁)の利害調整の枠内で考えれば、答えはいつまで経っても出てこないであろうが、視点を変え、発想を変えれば以外と簡単なことである可能性があると云えば楽観的に過ぎるだろうか。 それでも指導者というものは、楽観的に前向きにしかもぶれることなく進んで欲しいのである。 コンクリートからソフトへとか、独立法人や自治体経由の補助金行政から国民へ直接給付という発想は、そういった類のものであろうと思われる。 各論的には様々な問題点や隘路が認められるだろうが、それでも挑戦してみる価値はあろうと考えるのである。

《閑話休題》

 我田引水といえば、まさに我田引水なのであるが、茫猿が昨年来係わっているNSDI-PTも似たような考え方を基礎にしている。 今や取引情報などは秘匿されるものではなく、方法はともかくとして逐次開示されるであろうものと考えている。 鑑定士たる者は様々な情報開示を前提にして、それら情報が開示される世界で自らの存在意義を何処に見出すかが問われていると考えている。

 CO2:25%削減と同様なのである。 近い将来に不動産関連個人情報が全面的に開示されるであろう方向性を視野において、鑑定評価の存在意義とか、鑑定評価が何をもって社会に寄与できるか、社会にアピール出来るであろうかと考えれば、不動産地理情報は避けて通れない鑑定士の技術基盤であり、それらの情報加工処理能力が問われる時期は近いと考えているのである。
by bouen | 2009-10-16 07:42 | 茫猿の吠える日々


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