根来(ねごろ)とミッドタウン

 先週に上京して、NSDI-PT事業提案書作成の基礎資料集めに都内を歩いていたときのことでした。 ある街角で、このポスターを見かけたのです。 「根来」と見て場所が大倉集古館だから、根来寺の秘宝展かなと思い、次の約束まで少し時間があったことから入館しましたところ、予想とは全く違う展示でした。 最初は何のことかさっぱり判らなくて、何やら古びた剥げ漆が並んでいるなあ、それも折敷、高坏、湯桶、盃などの日用雑器じゃないのか、入館料千円はもったいなかったと思いながら、それでも展示の目的とか由来を確かめようと、パンフレットやら展示説明を読み返していました。





 見かけた根来展のポスターです。 この赤い丸を最初に見かけたときに丸盆とは判らずに、でも何か惹かれたのがきっかけです。
  

 パンフレットから引用します。 用の美、カタカナでいえばインダストリアル・デザインでしょうか、少しいいえ相当違うでしょう。 用の美だけなら造られた時の美でしょうが、この展示が伝えたいのは、造られて使われて年月を経て備わったというよりも、巧まずして醸し出されてきた美しさというものなのでしょう。 漆の重ね塗り研ぎ出し技法とも違う、ざっくりと言ってしまえば、薬師寺の東塔と西塔の見比べみたいなものかもしれません。
 《その名を中世の紀州・根来寺一山内で生産された良質な朱漆器に由来する「根来」は、古来から日本人の美意識を体現しながら、その機能性に富む現代的なフォルムと新鮮なまでに明快な色調のコントラストの妙は「用の美」を追求した世界に通用するトップデザインとして、近年富に注目されるようになりました。》
 


 漆器「根来」については、展示品撮影が許されませんので、このサイト他をご覧下さい。 長い歳月使い込まれて上塗りの朱が擦れ、下地の黒漆が浮き上がり、趣ある抽象模様が描き出される根来塗・展示品の美はご想像下さい。とは云うものの年月を経た趣を短い時間で理解したたわけではありません。理解できるものでもありません。 それでも巧まざる美と云うよりも、歳月に耐えたその器(うつわ)がまとっている品のようなものを感じました。同時にそれらの器が歳月に耐えるだけの強さを持っていること、強さを持って造られたことを凄いなと思いました。 

 プラスチックで造られた食器が百年後に残るだろうか、残ったとしてその器が美や品をまとうだろうかと思えば、手間暇かけて造られた根来塗りのたくましさがしのばれようと云うものです。 漆器だけに限ったことではないのですが、漆器も陶器も鉄器も日常に使うことが大事であり、大事に使い込まれたものだけが持つ美しさがあり、丁寧に使い込むことにより新しい美しさやその物がまとう品というものが備わってくると聞いたことがあります。本物の道具の値打ちは使い込んでこそ現れてくるということのようです。 それはまた使う人の生活や歴史を表すということなのかもしれません。
 
 大倉集古館玄関を守っている仁王像です。南北朝時代作、筑波山内の春日神社より移された(伝)と記されています。 風雪に耐え抜いた仁王像にも剥げた根来塗りに通じるものが感じられます。
  

 集古館外周庭園と仏像。 中国明代、薬師如来座像、右手が薬器をとるために垂下している。
  

 都内の訪問先の一つがあることから訪れた場所にミッドタウンがあります。 先に完成した六本木ヒルズと比較されて様々なことが言われてますが、東京の新しい名所なのだと思います。 なにやら「バベルの塔」を思い起こします、そういえばヒルズはGサックスや生ドアなどのせいで「バブルの塔」とも云われたような。 オフィスタワーの足許に広がるのは檜町公園です。
  

 Midtown六本木通り正面のオブジェクト。 地階ホールのガラス屋根を掃除している青い制服の人が小さく見えます。これらの機能美は百年、二百年後には何をまとっているだろうか、そもそも残り得るのだろうかと思わされます。
  

 なぜかカラスが騒々しい鳴き声をあげて乱舞し、その影がビルのガラス壁に映っているのが何ともシュールな有り様に見えました。
  

 ミッドタウン東側に隣接というか一体化する区立檜町公園、働く人やレジデンスに居住する人々の憩いの場なのでしょう。訪れたときもジョギングを楽しむ人が多くいました。
  

 元萩藩毛利家下屋敷の流れを組む庭園でしょう。 そういえば、ヒルズにも毛利庭園がありましたか。
  

 同じく、造られた人口渓谷とはいえ、水量豊かな都心の渓流です。 
  

 以前にバリ島紀行でも街角で見かけたとお伝えしましたが、日本にもこんな遊び心が許されるようになったのでしょうか。 園内の遊歩道に残された落ち葉模様です。 他にも何カ所かございました。
  

 ミッドタウンのすぐそばにこんな小道がありました。 昭和と平成などという通俗表現はふさわしくないでしょう。 ミッドタウンのなかに、かねてから憧れの「天麩羅・山の上」がございますが、そこのカウンターから見おろす昔からの屋並みのなかを歩けばこんな風情なのでしょう。何かの比喩を汲み取ろうというのではないけれど、ミッドタウンのガラス壁に群れ舞うカラス、ベベルの塔に見紛うタワーとそのあしもとの古びた小道はなにかを考えさせます。
  

 ところで二日間かけたNSDI-PTの資料集めは、それなりの収穫が得られました。 月末にはプロジェクトのミーテイングが開催されますから、それまでには提案書をまとめたいと考えています。 また今年度事業計画の一つ前期作成のGIS活用β版モデルについて、そのブラッシュアップと試験運用について情報安全活用委員会が参加士協会を募集したところ、東京会や大阪会をはじめとして十を超す士協会が応募されたとのことです。 このあたりも詳細は近々に記事掲載します。
[PR]
by bouen | 2009-10-24 04:43 | 只管打座の日々


<< 金色の信長像 進化する取引価格情報 >>