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死は優しくて、美しい 《3/4》

『負けいくさにかける(91):福井達雨』(冊子止揚より転載:全4部のうちその3)
 ※本稿は止揚学園のご好意により、冊子止揚連載の記事を転載するものです。
 ※本稿を転載等ご利用されたい場合は、止揚学園:渋谷様までご連絡下さい。
 ※止揚学園 電話0748-42-0635 Fax0748-42-0806 止揚編集:渋谷

《流れ星と虹の空》

 三田さんは微動だにせず、ジツと母親の顔を見ていました。天上に旅立って行く母親、それを送る子ども、その両者の心の触れ合いの場にいた私は、二人から心がホノボノとする温もりを感じ(悲しいという感情より、もっと深い静かなものがその病室に満ちているなあ)と心が熱くなりました。静かな、静かな、優しい、優しい時でした。




 三田さんは知能に重い障害とてんかんという病を持っています。長い間、このてんかんを抑える薬を飲み、その副作用で足がふらつき、歩くのが不自由なのですが、不思議な才能というのか、心に強いものを感じると俳句が浮かんでくるのです。そして私たちに披露してくれます。

 母親の静かな言葉が終わり、しばらくした時、三田さんが病室にいた私たちに、ニコニコしながら言いました。 「俳句できた」
 「何や、深刻な顔をしてたから、お母さんの話にショックを感じたんかなあと心配してたんやけど、違ったんやなあ」と私が言うと
 「俳句、考えてたんや」と明るい声で三田さんが言いました。
 「そうやったんか。どんな俳句ができたんや。教えてくれへんか」
  三田さんはしばらく目をつぶっていましたが、口から出たのは、
 「流れ星 病室からの 笑い声」 という句でした。
 「どういう意味なんや」と聞くと、たどたどしく、ポツンポツンと説明してくれました。それを要約すると(お母さんは流れ星のように消えようとしているけれども、今、この病室には笑い声が溢れている。そして、お母さんの明るい顔が皆を幸せにしてくれている。お母さんありがとう)という母親への愛を詠んだ句だったのです。

 それから一週間経った日の午前二時に、三田さんの母親は天上に旅立って行きました。危篤の電話があり、私たちは三田さんとともに病室にかけつけましたが、母親の死には間に合いませんでした。三田さんは母親の顔を涙一つ見せずにジッと見つめていました。私はその無言の姿を見ながら(三田さんは何を考えているんやろう)と思いつつ(この頃、お葬式が業者まかせで合理的な遺体処理式に
なっていて、時間に追われてバタバタと式が進んでしまう。もっと死を大切にせんとあかんのと違うのかなあ。

大切とはゆっくりとした時間を持つということや。そして、死に畏敬を持つということは、亡くなっていった人の生命を尊び、その人の人権を守る極致なんや)と私は考えてていました。
 次の日、斎場で三田さんが詠んだ句は「お母さん 皆の笑顔 虹の空」でした。
「虹の空」とは天国のことなのです。句の意味は(皆で明るくお母さんを天国に送りました。天国からお母さんが「皆が私を送りに来てくれて、嬉しい」と言っています。今日まで僕と一緒にいて、世話をしてくれてありがとう)と三田さんの母親を慕う素直な心が表現された句だったのです。

私はこの句を口の中で何度も呟きつつ(三田さんは母親の魂をかけがえのないものと感じ、この世では母親と別れたけど、母親の魂はいつも自分の側にいて、これから自分が活き活きと生きていく力になってくれるんやと捉えているんやないかなあ。それを句の中で「笑い声」「皆の笑顔」という言葉で詠ったんやなあ)と思えてなりませんでした。

 因に(魂とはどういうものやろう)と思い辞書を引いてみると、「生きているものの生命の原動力」「心の働きをつかさどると考えられているもの」「生物の身の内に宿り、精神の作用をつかさどり、生命の存在を保つもの」と書かれています。キリスト教の聖書には「魂は全世界にも代えることができない大切なもの」と記されています。

 三田さんは母親の魂を感じ、そこから大きな力を与えられたようです。
さて、三田さんの母親が亡くなるしばらく前に、同じ仲間の満男さんの母親が倒れる前の日(満男さんの母親はその後に脳梗塞で旅立ったのですが)、満男さんに会いに止揚学園に来ました。
 「お母さん、歳をとってきはったから満男さんのこれからのことが心配やろうなあ」
  と私が聞くと、母親は真面目な顔で
 「福井先生や皆が心を込めて満男を支えてくださっているので、少しも心配をしていません。満男のことをこれからもよろしくお願いします」
 と言われたことが私の心に鮮明に残っています。
あの時のことを思うと、(満男さんの母親は自分の死を予感していたんやないかなあ)と私は思えてなりません。   《4/4へ続く
by bouen | 2009-11-23 05:04 | 止揚学園の人々


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