生活に根をおろす宗教

 縁者が夏休み休暇を利用して短期間のミャンマー旅行を楽しみ、そのスナップ写真を送ってきてくれました。いわばフォト旅行記という訳です。多くの写真のなかで仏教寺院の夜景写真が美しく印象に残りました。 東南アジア各地を旅すると、《とは申してもさほど多くの機会を得たわけではありませんが、》各地で宗教が生活に根をおろしているのを感じます。

 それは仏教に限らず、回教もヒンズー教も、限定的ですがキリスト教も同じです。寺院建築が壮大で華麗なさまと大衆の生活との落差は、生活と宗教というものについて考えさせてくれます。




 黄金色に輝くミャンマーの仏教寺院夜景写真を見ていると、バンコックの夕陽に映えて黄金色に輝く仏教寺院を思い出します。東南アジア各地の仏教寺院が金箔で飾られているのは、信者の寄進によるものと聞いたことがありますし、NHKのルポで決して豊かではない信者が貯めたお金で金箔を買って、嬉しそうにまた誇らしげに寄進するという映像を見たこともあります。

 日本では貯金ができたら家を買う、車を買う、生活を豊かにすることを優先します。決して寺院に寄附したりお布施を行ったりをしない訳ではありませんが、そういった慣習とか風習といったものは、しだいに薄れつつあるように思います。 近頃では葬儀の際に僧侶へのお布施(謝礼)が高額と話題になったり、戒名代金が不透明なことが話題になっています。

 バリ島やバンコックの街角では、辻々に祠(日本で云えば地蔵堂とか軒神や屋根神でしょうか)があり、毎朝お供えをし祈りを捧げる人々を見かけました。日本ではそのような光景を見かけることはとても稀であると思えば、宗教心が生活のなかに根をおろしていると感じます。 何も高邁な宗教論を論じようと云うわけではありませんが、日常生活の背景に存在する宗教というものを、ミャンマーの寺院夜景写真を見ていると改めて考えさせられます。

 ミャンマーから届いた寺院の夜景
   

 バリ島で見かけた、街角の祠に祈る人
   

 同じく、花で飾られたバンコックの辻堂
   

 ソウルの街角のシャカ像(これは灌仏会の時期だけのもののようですが)
   

【写真の提供者から、こんな感想記が届きましたので、追記します。】
 東南アジアをこれだけ旅しているので、宗教のありようについては表面だけとはいえ見聞きする機会に恵まれているのですが、タイには「ピー」、ミャンマーには「ナッ神」という土俗の精霊宗教と仏教が共存しているのを見て、日本の氏神さまと仏教に重ね合わせることがあります。

 排他、唯一神的なキリスト教・イスラム教より、「朝は祠にお供え、夕はお寺にお参り」という、アジアらしい宗教生活はやはりほっとします。日本人が自然に受け入れやすい宗教観ではないかな、と思います。私も毎日、金ぴかの仏様を拝んでおりました。お前はブッディストか、と訊かれるくらいに、さまになっていない拝み方ではあるのですが。(向こうの人たちは、柔らかな姿勢で、美しい様式美の拝跪をきちんとするので)

 さて、ミャンマーについて。
鎖国、軍事独裁というイメージが強い国だったのですが、確かにタイやマレーシアよりは貧しいものの、市場には食べ物があふれ、人々はほほえみを絶やさず、まことに穏やかな国でした。政体さえ変われば、ASEAN諸国と同様の経済成長を歩めるだろうなあ、と思うしだいです。

 何といってもインド洋とマラッカ海峡の中間に位置し、北へは雲南へ道路一本、東西にはインドとタイという大消費地があり、植民地支配の遺産として英語教育が残り(小学校から英語を習うそうです)、イラワジ川デルタでは米が穫れ、木材と宝石は世界有数の産地。これだけの条件を満たした国もなかなかないでしょう。

 ところが、実際には自国産業が育たず中国やタイからの輸入品ばかり。何人かのミャンマー人から政府批判を聞く機会があったのですが(こちらが英語を解するとわかると、怒濤のように政府批判をはじめました)、初等教育から学費がかかり、道路には検問を兼ねて関所がそこら中にある。
 ただまあ、中途半端な民主化で、フィリピンやカンボジアのような腐敗政権ができるなら、まだ治安維持力が高い軍事政権のほうがマシなのかもしれない、などとも思いつつ、彼らと会話をしておりました。とても口には出せませんが。

 そして、ミャンマーはやはり華僑も印僑も多い。インド料理も中華料理もあちこちで食べられます。華人経営の旅社に泊まったときに両替を依頼したのですが、両替商で依頼するとこれが札か、というひどい札をはじく作業に追われるのに対し、彼らはピン札をチェッカーにかけて渡してくれる。華僑というとこすっからいイメージがあるのかもしれませんが、東南アジアを旅していると、彼らは非常に仕事に対してシビアなのだと思います。同時に、たくましい。仕事がシビアなのは日本人もひけをとらないと思いますが、この百年単位で培われたたくましさは、到底かなわないなあと。
 一方、日本では、最近の世論調査で新入社員の半数が「海外では働きたくない」と答えたそうですが。

 そして、ミャンマーには韓国人・中国人の観光客が多い。久しぶりに「Korea?」と聞かれることが多かった。 タイもそうなのですが、特に中国人観光客の購買力はすごいものがあります。観光客はカネを使ってなんぼのところがあるのですが、日本人であるということでずいぶん楽をさせてもらってきたこの十数年の旅行が、今後も変わらずできるのか、と思うと、切ないものがあります。
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by bouen | 2010-07-31 02:18 | 只管打座の日々


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