ボロをまとったマリリン・モンロー

 2010年07月29日第一刷発行の「はやぶさの大冒険」《山根一眞著:マガジンハウス刊》を読みました。
2003.05.09に日本を出発して、火星と木星のなかほどで太陽を中心に楕円形軌道を公転している小惑星"イトカワ"へ2005.11.20に着地し、2010.06.13にオーストラリアのウーメラ砂漠へ帰還しカプセルを持ち帰った【小惑星探査機:はやぶさ】の七年間にわたる物語である。 著者の山根一眞氏はその全プロセスについて取材を続けて、はやぶさが地球帰還後ただちにこの本を上梓されたのです。




 はやぶさの大航海がどんなに困難で、どんなに素晴らしいことかといえば、
・時速10万キロで公転する、3億キロ彼方の、直径500mの小惑星に到達した。東京駅から発射した小さな針を、楕円軌道の自律修正を行いながら、横浜駅に設けた1CMの的を通過させるに匹敵するという。
・1.5m×1.5m×1.2m、重量500KGという無人の小さな探査機を到達させた。遠隔操作もままならず、多くの機材を積み込めないなかで、自律航行を可能にした開発力。
・真空空間で、太陽の陰ではマイナス50度の極低温、太陽を受けるとプラス100度の高熱という、デジタル機器にとってはとても厳しい環境。
・イトカワ到達時では通信時間が片道16分、往復32分も要する距離があり、しかも通信速度が8bpsというから、指令通信も写真ファイル通信も一秒間に数字1文字しか送れない。さらに電波は微弱で雑音が多いのである。

 山根氏が頁数295頁の本書で、取材を続けた七年間の航跡を語るのを読めば、はやぶさが数多くの試練を乗り越えて、いかにして奇跡的な航海を達成したしたかという経過がよく理解できる。とはいっても、「時速10万キロで公転する、3億キロ彼方の、直径500mの小惑星への片道二年半を要する宇宙大航海」などというものは、茫猿が理解できる範疇をはるかに超えていることでもある。



 例えばはやぶさが搭載していたデジタルカメラは100万画素である。今なら1000万画素のカメラが安価で手に入るのであるが、はやぶさ設計当時では100万画素でも高級機であった。搭載環境や通信環境が劣悪という条件下だから、通信量がはるかに多くなる高性能機を搭載できないという条件もあったろうが、七年という時間はデジカメの進化からでも理解できるのである。

 また探査機が小さいこともあって、冗長系(代替機能)設備を幾つも積載できないなかで、何度か見まわれた機器のトラブルに対処していった探査チームの発想の柔軟さというか、臨機応変の対応にも驚かされる。 
 鹿児島県鹿屋市にある内之浦宇宙空間観測所を視察に訪れたNASAの関係者は「ボロをまとったマリリン・モンロー」と称賛したそうです。建物はお粗末だが研究内容は素晴らしいということを称えた表現である。 「はやぶさ」の大冒険を成功させたJAXA探査チームは、国民栄誉賞に値すると思うのである。

 話はそれるが、民主党政権が行いマスコミに評判のよい「事業仕分け」というものは、事業の効率性評価、費用対効果、目に見える実績の有無というものに偏ってはいないだろうか、いわば形を換えた新自由主義である。 もちろん事業仕分けは無駄な予算の削除に主目的がありその効果も否定しないが、話題になった八ツ場ダムにおいても本体工事は止まっているが、多額の関連工事は依然として続行されているという。 (マスコミは、何となくシニカルに報道したけれど、)科学者が国民生活向上に目に見える効果を表さない基礎研究の大切さを、力説するのもそのあたりにあると思われる。

 芸術文化や基礎科学に政治家があまり関心を示さないのは、選挙に有利な支援団体につながらないということであろうが、根本的には彼らの文化観とか政治哲学の貧困さを反映しているのではないかと思わされる。

 七年間の運転に耐えたイオンエンジン開発の見事さ、NASAなど海外に支援してもらうことも多かった今回の大航海などといった様々な背景を知れば、来年度予算は是非とも増額充実すべきといった応援キャンペーンを、なぜマスコミがしないのか不思議である。 それはまた、マスコミ人種の芸術文化や基礎科学への理解の貧しさであり、彼らの人生哲学のひ弱さを示すものでもあろう。

 宇宙科学研究所の澤井秀次郎氏はこうも語るのである。「宇宙の仕事も、おもちゃメーカーの開発者の方も同じなんだな。 好奇心をもって『あれができないか、こんなことができるはず。』と、おもしろがる心が大切、人工衛星や探査機、ロケットの開発も、おもちゃの開発と同じなんです。 おもしろいと思う心を忘れてはいけない。」

 iPADの調達部品は造れても、iPADそのものの発想ができない、発想はしても造り上げるまでのあいだ夢とか希望を持続できない日本社会の(企業思想や経営観の)ひ弱さも考えさせられます。その昔、ホンダやソニーが持っていた、もっと多くの企業も持っていた「とにかく、やってみようスピリット」、「奇想天外でも面白さ優先主義」、そんな囚われない自由さの回復が待たれます。 そしてそれは、そんな異端とも少数派とも云える人々への寛容さを社会が持つことであろうと思います。

 一円玉を動かす程度の僅かな推力しか持たないイオンエンジンが、どうして惑星間宇宙航海に役立つのか、この本を読めば何となく理解できる。 なによりも、この本の巻末見開きに、はやぶさがウーメラ砂漠に帰ってきて燃え尽きる様子を撮影した写真が掲載されている。 満天の星空のなか、光の航跡を引いて輝くはやぶさの姿である。この写真を見るだけでも、書籍代1300円に値すると思わされる。

 『ウーメラ砂漠帰還時の写真
 『この写真の一般頒布申し込み方法』 
  
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by bouen | 2010-08-01 05:42 | 只管打座の日々


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