鑑定士の鮮度-2

 最近の『鄙からの発信』記事の歯に衣着せぬ物言いや、関係各位へのe.Mailの発信は少なからぬ物議を醸し出しているようである。 末席とはいえ役員として如何なものかとか、改善プロジェクト・メンバーとしてはInformantだとかDeep Throatだとかの批判も耳にしている。

 ですが、茫猿は2003年:個人情報保護法施行当時の間違い、2006年:新スキーム施行当時の間違い、2008年:REA-NET構築当時の間違いを繰り返したくないだけである。 過去三度、情報の安全管理担保と透明性確保の機会があったし、茫猿にも何らかの発言機会があったのだが、無用の自己規制で生ぬるい発言や提言に終始したという悔いを残している。 間違えたのは茫猿だけではなく、当時の協会執行部もその責を負わねばならないと考えている。

 それにしても、問題点の存在を認識しながらも、あちらこちらに気遣いして、中途半端な発言に終わってしまったという悔いは残している。 だから分に過ぎた身の程知らずの発言を繰り返しているのである。 茫猿自身にとっては、今回が最後の機会でしかも残された時間は少ないと認識しているし、鑑定業界にとっても得難い機会であろうし、今の好機を逃せば両三年は改革の機会が遠のくかもしれないし想定外の事態に遭遇する可能性も考えられる。 だからこそもの申すべきは申しておこうと考えているのである。




 折角、悉皆調査時代が始まっているというのに、その悉皆調査データを十全に利活用することなく、パソコン以前の時代に作られた鑑定評価基準に未だにこだわっているのが理解できないのである。 折角得られた大量のデータを活用駆使することなく、ただ単に比準価格試算資料としての利用に拘泥しているのか理解できないのである。

 比準価格は試算過程と鑑定評価結果の説明資料として当然にその意味が存在するが、大量データとパソコンを駆使しての価格分析や背景分析も忘れてはならないと考えるのである。 また、それらに相応しい分析手法も存在すると考える。

 比準価格自体にしても、事情補正・時点修正・標準化補正・地域格差補正等の価格試算工程も、デジタル化やPC化時代に応じた変化改善が求められていると考えているのである。 数値比準や多量解析などを言うと、それは鑑定評価ではなく算定評価だと切り捨てる方がいるが、そうではなくて鑑定評価に不動産鑑定士が行うところの算定・解析の裏付けを求めようと言うのである。 鑑定評価基準と云えども万古不易・不磨の聖典ではないのであり、時代と共に鑑定士がおかれた環境と共に変化してゆかねばならないと考えるのである。

 だから地価公示から固定資産評価に至る公的土地評価も変わらなければならないと考えるし、今回の新スキーム改善はその大きな機会にしなければならないと提言するのである。 折角の機会を安全性担保と透明性確保の機会だけに止めてはいかにも勿体ないと考える。 ましてや情報事例管理の閉鎖性指向や不透明性指向に安易な妥協を繰り返してはならないと考えている。

 デジタル化、インターネット化時代には情報のコモディテイ化や低価格化は避けられないのであるが、であればこそ情報の解析技術向上が求められるのであり、旧い専門職業家意識に囚われていてはならないと考えるのである。

事例管理と鑑定評価 (2012年2月 2日 19:16)
茫猿の現実認識 (2012年2月 3日 09:04)
何処で間違えたのか (2012年2月 5日 09:29)
公的土地評価・事例資料等取扱基準案(2012年3月 5日 07:27)
事例取扱規準対比 (2012年3月 5日 08:30)
鑑定士の鮮度 (2012年3月 6日 15:41)

 口はばったい言い方は不快に思われる向きも少なくなかろうと思います。 でも茫猿はこのように考えています。 27歳で鑑定士になって以来40年余、二人の息子と女房を飢えさせることなく過ごせたのは、不動産鑑定評価という生業に恵まれたからであり、いま70歳を間近にして茫猿ができることは、思うこと考えることを遠慮無く発信することであると考えます。 業界での小さな活動と『鄙からの発信』が些かでも役に立てばよい、それがせめてもの不動産鑑定評価への恩返しになるのではなかろうかと、思い上がり不遜は承知の上で考えています。
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by bouen | 2012-03-07 06:49 | 不動産鑑定


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