ICT化の光と影

 なにがしか微妙に不安である。自分が今関わっていることは本当に良きことなのだろうか、それとも業界凋落の引き金を引くのだろうか。ICT化の方向性によっては思わぬ結果を招くのではと思うのである。当然のことだが私独りが関わる結果なんかは微々たるもので、その責任なども無いに等しいのであるが、それでもなにやら引き金を引くという感じから逃れられないでいる。手を引くなら今の内、そんな思いが抜けないのである。



 【ところで第二WGに与えられたテーマ「ICT化」とは何であろうか。様々な機会にIT化は語られており今や陳腐化しているとも云える用語であるが、その実態は曖昧なままに推移しているカタカナ語とも云える。
ICT=Information and Communication Technology を訳せば「情報通信技術」である。もとよりここでいうICTはそれ程広汎な意味ではなく、コンピュータやデータ通信に関する技術を総称的に表す語であると云うべきであり、アナログに対比してデジタルと置き換えてもよかろう。 したがって、新スキーム小委第二WGのターゲットテーマである「ICT化・情報化」とは、「インターネットの活用や鑑定業界内の情報共有化によって、地価公示をはじめとする業務効率を高めることにある。」と云ってもよかろうと考えられる。】

 先号記事で、ICT化についてこのように書いた。様々な見解があるのだろうが、巷間に云われるICT化というのは結局のところこのようなことではなかろうか。
 『共有化、共通化された(デジタル)フォーマットで、より多くの情報を収集し、平等に(ネットワーク)公開する。』  以下は、茫猿独自の考えではなく、ある示唆に基づくものである。

 土地取引価格情報が、より広汎にネット公開されてゆく方向の落ち着く先は、単に情報の存在を基盤とするようなレベルの業務が存在し得る蓋然性を薄めてゆくのであろうと思われる。
GIS一つをとっても、Googleの提供サービスを見ていれば、そんなに遠くない時期にマンション物件情報や賃貸物件情報などが、地図/緯度経度情報(GIS)とをリンクさせるサービスが始まるのであろうと予想する。

 巨大企業や官公庁が提供するGISインフラに、long tail的に不動産情報がひもづく流れが加速すれば、専門家が情報を握ることで持っていた優位性はあっさりと消えるだろうと思うのであるし、既に消え去りつつあると思うのである。
ICT化による情報の低価格化迅速化効率化などは結果としてサービス対価の低廉化をもたらす、現にその状況に入っているのではないだろうか。
大量処理の評価業務分野では、地価公示地価調査をはじめ、固評標宅・固評路線価・相評路線価、それに加えて今度の取引価格情報がもたらす、いわばアルゴリズムを中心とする人為的判断を排除した評価システムが稼働しつつあるのだろうし、既に大量のデータと様々な解析手法の駆使による新しいサービス提供が生まれつつあるのだろうと思う。

 我々の戦略の方向性は、将来的には外部公開というものも視野に入れながら、詳細な不動産情報を大量に流通させ、その上で個別評価事案の特殊性をどう精緻化させていくかということが問われているのではなかろうか。
 とにかく全面開示・全面共有に主眼を置く、その上でその成果や分析を外部発信していくスキームを整備して、専門家集団としてのブランディングを図ってゆくことが求められる。個別精緻化に限らず大量データ処理に関わるノウハウやツール開発も今や遅きに過ぎているのかもしれない。

 とは云うものの、状況は未だ混沌としている。我々鑑定士がどの方向に向かおうとするのか、そのコンセンサスはおろか議論すら行われていない。
何処かで行われているのかもしれないが、茫猿の知るところではない。
ICT化の蓋を開けると云うことは、パンドラの箱に似ているのではなかろうか。
そんな気がしてならないのである。

 「効率的集中か、効果的分散なのか」、未だにこの思考枠から抜け出せないのが「茫猿の限界」であろうとも思うのである。
何よりも業界で今起きていることは、アナクロ的(アナログ)情報管理強化であり、情報提供料の値上げというある種の囲い込みであり、ICT化とはおよそ反対方向の流れなのではあるまいか。関わったことを悔やみながら関わり続けてゆくというのも如何なものかと、また考え込むのである。

 新スキームICT化の在り様として、多様性、選択肢、分散などといったキーワードを目標にしてきたのであるが、現実は一極集中、効率化、単一モデルといった方向にどんどん流されてゆく気配である。それはまた、新スキームというものが、あるいはデジタル化事例ファイルというものが、さらには悉皆調査というものがもたらした必然的な結果なのだと達観せざるを得ない状況なのでもある。
 新スキームへの参加が必然的行為であるとすれば、事例ファイルのオンライン共有化も必然的な結果なのであろうと見極めざるを得ない。残るは若干の条件整理に過ぎないと思い極めた方が良いのであろうし、そこいらが茫猿の限界なのでもあろうと思い知るのである。
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by bouen | 2006-05-23 05:44 | 不動産鑑定


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