田植え今様

 先週末から今週末にかけて濃尾平野揖斐川・長良川下流部の辺りは、土日は田植え真っ盛りである。茫猿の子供の頃は(1950年代)一家総出で、時には親戚や近隣の助けを借りて田植えに励んだものである。小中学校も1週間程度の農繁休暇があった。もちろん全部の作業が手作業であり、子供は苗代で苗を採り、植える水田まで苗運び、苗配り、そして筋植えの手伝いである。



 田植えは大人が手作業で後ずさりしながら一本一本苗を植えてゆくのであるが、目標のない広い水田の中を後ずさりで植えるから熟練者でも真っ直ぐには植えられない。そこで水田に道糸を張り、先ず道糸に沿って植えてゆくのが筋植えである。道糸には25cm位の間隔で赤い印結びがされてあり、その印を目当てに植え付けてゆくのである。その筋植えの間を普通4条(約1.2m)植えてゆくのである。
 当時、僅かながら水田耕作を行っていた我が家では親戚や隣家の応援を得て田植えを数日掛けて行ったものだが、子供にとって田植えはお祭りみたいなものであった。

 確かに、手伝いは楽ではない。苗採りも苗運びも苗配りも筋植えも怠けていると大人の作業に影響が及ぶから、そんなに厳しくはないけどそれなりの注意が飛んでくる、腰だって痛い。でも午前の休憩、昼食、午後の休憩がとても楽しかった記憶がある。
 今とは時代背景が全く違うから、お八つの習慣なんて何も無い時代に、午前と午後にお菓子がいただけるのである。しかもお手伝いをしてのことであるから、堂々とした報酬でもある。昼食も、満々と水が張られ広々とした水田を前にして渡ってくる風を感じながら野良でいただくのである。豪華ではないけれど親戚や隣家のお手伝いさんもいることだから、まあまあのおかずもついていて非日常を味わうのである。ハレの気分でもある。

 最近の田植えは、機械植えであり年配者は夫婦で若者は親の助けを補助に少人数で慌ただしく済ませてゆく。苗は育苗箱を軽トラで運ぶだけであり、その苗箱を4条植とか6条植とかの田植え機に載せて、後は出発進行である。簡単なものだ。
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 でも、よくよくこの田植えの背景を考えてみると、寒々としてくるのである。
茫猿の周辺の一般的農家の保有耕作地面積は1ha(1町歩=3000坪)前後である。これで秋の収穫粗収入はざっと120万円である。これから肥料、農薬、農機償却その他支出合計がざっと85万円、差し引き35万円/haが農業所得という訳である。この計算は理想的標準計算であり、10a辺り収穫量が500kg、生産者米価14400円/60kgで、減反無しでの計算である。ちなみに生産者米価が最も高かったのは1985年である。
約1/3の減反面積、それに時折襲ってくる台風や日照りや病虫害などは計算外である。

 理想的標準計算で1町歩の水田を有する二昔も前なら専業農家に位置づけられた農家の、年間農業所得が僅か35万円である。今時、新入社員のボーナスでもそのくらいはある。日本全国の住宅地面積に匹敵する面積を減反として作付けをさせない農業としてから、既に長い年月が経過したが抜本的な改善策は何も示されていない。日本という国は水田農業の安楽死を待つように見えるのは茫猿だけだろうか。

 中日新聞夕刊連載の堀切和雄さんのエッセイ「歩くように 話すように 響くよう に」が昨日で終わった。最終回のテーマは「響の明日」である。
 (引用です)『「わからなさを生きる」そういう言葉が時々浮かぶ。誰もがみんな、明日のわからなさを生きている。僕らは予定を全て、未決定のものとして扱う。』
 いずれ単行本として刊行されたら、前回連載も含め通しで読んでみたいのである。

・・・・・・いつもの蛇足である。・・・・・
 今朝のNHK日曜討論で、経済評論家・内橋克人氏が村上ファンドやライブドア問題は、「ヒルズ族の縁故資本主義(クローニー資本主義)が引き起こしたものだ。」と評していた。

 村上世彰氏は「お金儲けして何が悪いのですか」と云い、「日本人はお金持ちが嫌いなのです。」とも云う。彼は大きな勘違いをしているのである。お金儲けが悪いのでも、日本人はお金持ちが嫌いなのでもない。其処に品というものが存在するかどうかなのである。具体的に云えば法に触れなければ何をやってもという姿勢ではなく、儲けたら儲けただけの社会還元を考えていたか、いなかったかなのである。

 端的に云えば、メジャーリーグの選手のように、マイクロソフトのビルゲイツのように、儲けの1%でも社会還元していれば、世間の評価は正反対に現れたであろう。
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by bouen | 2006-06-11 09:50 | 只管打座の日々


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