幸せな午後

 幸せな、絵に描いたような幸せな午後でした。発端は「hayakarの日記9/30」記事です。岐阜県の関ヶ原にHayakar氏の感性をこれだけ揺さぶる場所があったとは、知らなかった。早く行きたい一刻も早く行きたいと思ったことです。



 そして今日、願い叶って訪れてきました。正しくは(株)関ヶ原製作所の関連組織で「セキガハラゼネラルサービス」や「芸術土木」とか「せきがはら生活美術館」が運営公開する幾つかの彫刻の広場などです。場所は関ヶ原駅の北西方、国道365号線より西入るになります。この地図で5番島津義弘陣跡もしく6番開戦地付近です。梨の木川沿いといっても良い場所です。

 くだくだしい説明は省略します。Hayakar氏や茫猿の感性では天国に思えても、あなたの感性では退屈な地獄かもしれません。だから、あとは幾つかのエピソードでご判断下さい。
Hayakar氏のサイトにコメントを投函しましたところ、ご担当の猫ヶ原さん(たぶんハンドルでしょう)からこんなRESを頂いたのです。今日は猫が原さんはお休みのようでお会いできませんでした。
 『生活美術館は一般開放もしている関ヶ原製作所の施設です。
お越しの際には事前にご連絡いただけるとありがたいです。
生活美術館 土日(10時~17時)0584-43-1292
お待ちしております!』 (2007/10/02 20:47)


 (株)関ヶ原製作所の正門受付で守衛の方に来意を告げますと、今日は担当者がお休みだが役員がご案内しますと「セキガハラゼネラルサービスの役員の方」がお見えになり、正門から施設まで車で先導頂きました。なにせとても広い構内ですから歩いていたら大変です。普通なら、予約も無しに突然訪れたら門前払いが当たり前ですが、わざわざ役員氏にご案内して頂けるなんて、それだけでこの企業の姿勢が判ります。

 生活美術館の幾つかの施設をご案内頂きながら、とても佳いお話を幾つか伺いました。茫猿は当然に名詞を差し出していきさつをお話ししましたが、役員氏から名詞を頂きませんでした。またお名前をお尋ねもしませんでした。お名前を伺うことなど無用に、無粋に思えたからです。
 (株)関ヶ原製作所会長・矢橋昭三郎氏のお話

「生きることは学ぶこと  学ぶことはかわること」をテーマに、「セキガハラキャンパス」や「100年企業」を目指して21世紀人間塾・せきがはら生活美術館を設けて「思索とミッションの道場」を構想しています。

「お大尽とはなんであるか、ただ富者であるだけではお大尽とは言わない。大きく費え尽くすからお大尽なのである。金を貯めることはそんなに難しくない、ビジネスプランに従っていれば貯まる。だけど費うのは難しい、使い方に文化が表れる。 お旦那とかパトロンと云った人達の有り様を云う言葉であろうと思います。今の日本に最も相応しく、耳を傾けてほしい言葉だと思います。」

 生活美術館・屋内には幾人かの美術家の作品が無造作に展示され、屋外には石造彫刻が、芝庭に、和風庭園に、伊吹山を借景とするそのままの田園のなかに展示されています。

 これらの展示箇所、「せきがはら生活美術館」、「たつみ石彫動物園」、サロン・ド獏」、「平和の杜」、「やすらぎの広場」などを巡っていますと、隣は「関ヶ原古戦場開戦の地」だったり「島津義弘陣跡」だったりします。茫猿はHayakar氏サイトからの予備知識がございましたから、グルマンのパンとお茶を持参して、広場の一隅で少し遅い昼食にしました。次回はワインと上等なお弁当とお酒をたしなまない同伴運転者を伴って訪れます。もう少し秋が深まってからに。

 ではお待ちかね、アルバムです。先ずはかわいく。この広場も近所の子供達に開放されているのです。石造の滑り台まであります。


 窓越しの屋外の庭の景色を借りて石彫がまた彩りをまします。多分、陽射しによって、雨や曇りや風によって春夏秋冬変わるのだろうと思います。修学院離宮窮邃亭(きゅうすいてい)や足立美術館の生の掛け軸と同じ発想です。日本には借景という素敵な発想があります。ここの彫刻は全て景観を背景にして生かされています。


 あたりの山々と一体化する「目の城’96:新妻実氏」


 ススキの原と一体化してさりげなく鎮座する彫刻
これには素敵な話がある。ある日、訪れた小学生の女の子が、こう言ったそうである。「ここの彫刻には名前が無いのね。名前は見る人が考えるのね。」これを伝え聞いた石橋会長も、彫刻製作者も感激したそうである。何も教えなくとも子どもの感性が、見たままを感じてくれるのがとても素晴らしい。巧まずしてとても佳い情操教育になっているのである。いいえ教育などと考える必要すらなくて、ここの広場で折々の陽射しや風を感じて遊んでくれればそれで佳いのではなかろうか。


 島津義弘陣跡碑です。


 同じく関ヶ原合戦開戦の地・碑です。 


 開戦の地・碑や島津義弘陣跡碑に近い「平和の杜」に平和を願って展示される「関ヶ原」です。戦士の兜をイメージしているのだそうです。


 全部がオシャレで粋な美術館ですが、極めつけはこの「はじまりの刻」です。だいたい名前なんてどうでも佳いのですが。丸い穴を覗きますと遠く伊吹山が見えます。彫刻が額縁になって伊吹を見せるのです。屋内から障子窓を額縁にして庭を眺める修学院離宮窮邃亭(きゅうすいてい)や足立美術館の生の掛け軸の逆なのです。


 遠く伊吹を望み、手前に拡がる古戦場跡を背景に点在する石彫群です。
茫猿はこの景色を独り占めで眺めながら、グルマンのパンとイエモンさんのお茶で、とても豪華で贅沢な昼食を頂きました。この生活美術館に展示される石彫に時間という技が施されて、さらに深みやひだを増すであろう百年後がとても楽しみです。もちろん、茫猿が見ることは有り得ないが、すばらしい贈り物を手にするであろう後人の幸せも思い浮かべるのである。親しき誰や彼やの貌を思い浮かべ、次は彼等と此処に立ちたいと思うのである。
 此処に誰彼と立てる幸せ、誰彼を案内(アナイ)できる場所を得た幸せ、誰彼と楽しめる術を知り得た知り得る幸せをしみじみと感じる。

 自然(ジネン)のなかに風に揺らぐ草木に囲まれて、揺るぎなく屹立するかのように見えて、実は風を受け光を受けて刻々と表情を変えてゆく石彫を観ていると、百年千年という時空間と秒刻の瞬間がアナログ的につながりデジタル的に刻まれて往くのが見えるような気がするのである。
 



 
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by bouen | 2007-10-16 10:57 | 只管打座の日々


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