老いるということ

 老いるということを実感させられる日々である。今日も今日とて、かかりつけの歯医者氏に宣告されたのである。



 先ほど歯科医院にて、「虫歯の治療も終わったことだし、ぼちぼち通院も終わりませんか?」と、お尋ねしたところ、歯医者先生宣わく、「軽い歯槽膿漏が認められます。それよりも奥歯の歯根が少しだけど溶けたり割れたりしていますから、しばらく通院して様子を見たうえで治療方法を考えましょう。」との御託宣である。

 以前なら虫歯治療が終われば、「ハイ、通院御苦労さん。」で終わったものだが、どうやら死ぬまで月一回程度は歯科通院の年齢になったようである。M川医師も、「お互い華麗(加齢)な年齢にきたと云うことですよ。」と冷たいものである。ちなみにM川先生と茫猿は同い年なのである。よくよく考えれば、歯、眼、耳&、×ラとはよくよく聞かれる老化現象なのである。眼は眼鏡矯正し、耳は補聴器補助という手があるが、入れ歯年齢は遠い方が望ましいのである。既に眼は網膜剥離後の後遺症を抱えるシニアグラス年齢でもある。耳はまだ明らかな老化現象は認められないものの、やや聞き取りにくいなと感じるときが無いわけではない。

 頼りは歯である。そうでなくとも血糖値を考えれば食事に気をつかう日々なのであり、この上に沢庵漬けをボリボリと噛めなくなる日々など遠いに越したことはないのである。そうでなくとも、食べたいものを食べたいときに食する回数など、今やそれほど多くは残されていないのである。塾のあいまに、ほどほどに仕事などをしながらブログを綴る日々を楽しもうと思うのである。

 ところで、今日の美江寺公園である。陽気がよくなったせいか、冬の間は止めてあった噴水が昨日くらいから水を噴き上げるようになった。水ぬるむ春である。


 桜も花芽が色づいてきて、チラホラと咲き始めた。

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by bouen | 2008-03-25 12:31 | 只管打座の日々


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