筑紫哲也を悼む

 筑紫哲也氏が亡くなって一ヶ月余りが過ぎました。 人は亡くなってはじめてその存在の大きさを知ると言いますが、改めて彼の穏やかな笑顔がTV画面から消えたことに、失った大きさを感じています。 ジャーナリストとしての筑紫氏は生前必ずしも(一部では)高く評価されていなかったと記憶します。 それは氏の穏やかさがなせる業だったかなと思います。



 筑紫氏は週刊金曜日の創設者の一人でもありましたが、朝日新聞同期で同じく創設者の一人である「本多勝一氏」との差は、両氏が週刊金曜日に書いているコラムを読めば歴然としていました。本多氏が鋭い錐のような北風であれば、筑紫氏は穏やかで時に痛い指圧のような春風でした。 TVニュースキャスターとしても、エキセントリックさがなく、畳み掛ける風圧もなく、それは時に物足りなさを感じさせるものでした。

 筑紫氏が高田渡氏と対談するビデオを見たことがありますが、二人ともに春風だから、飄々としているから、一見してぬるま湯に思えます。 同時に二人の会話の深さを知り得るだけの、聞く側の素養というものも求められるのだと思い知ったことです。 ワンフレーズ・ポリティックとか劇場型政治とかが世の中を席巻し、ニュースショーがバラエティショー化した今のテレビだからこそ、筑紫氏の存在意味というものを、感じさせられます。

 声高に叫ぶことよりも、諄々と説く「多事争論」が無くなってしまったことを惜しみます。 思えば筑紫氏は文人墨客的教養人だったのであろうと思います。 氏が肺ガンに冒されていることを自ら告知して以来、週刊金曜日のコラム以外には氏の主張を知る機会はありませんでしたが、氏の懐の深さや少数派によせる暖かさというもの、あるいは批判や孤立を懼れない強さというものを、批判されても声高に反論することの少ない太さというものを改めて思います。 朝日ジャーナルに始まり、ニュース23を経て週刊金曜日に至るまで、長いこと氏のファンであった一人として、氏の亡くなったことを深く悼みます。 
[PR]
by bouen | 2008-12-13 20:04 | 只管打座の日々


<< 今の日本経済 ムッシュソーマ? >>