iPADが来た日

 遅ればせながら、茫猿の手元にもiPADが届きました。まだまだ使いこなせていないというのが本当のところですが、何処でもインターネット、現場写真をGOOGLE地図上で開くことなどは設定して試行錯誤を繰り返しています。メインPCとの同期が簡単なのも嬉しいことです。追い々々に記事にして参りたいと考えています。ところで、GPS内蔵カメラで撮影したファイルをiPAD地図上で開いてみますと、それだけで実に多くの情報が表示できることに気づかされます。

 事例地の写真をIpadに保存して分科会席上での討議材料に使ったり、選定替え地点の説明資料に使ったりと、IPADやGPSカメラが地価公示の必須アイテムになれば、様々のことがらが変わってゆくだろうにと思います。

 NSDI-PTに取り組んだのも、もとをただせば、十年一日のごとき感覚論を脱却し(感覚論を全否定するわけではありません。感覚論プラスが求められていると思うのです。)、デジタルテキストデータ、イメージデータ、地理データを有機的にリンクするシステムを構築したいと願ったからです。 鑑定業界が亀のごとき歩み(着実であればまだしも蛇行が多く鈍い歩み)を漫然と繰り返しているあいだにも、世間はまたひとつ新たなる領域へ歩みを進めたという感じがしてなりません。

   
 カスタマイズした、IPADの裏面です。

   
 IPADとGPS内蔵カメラです。これに携帯電話を加えて鑑定新三種の神器と云えなくもない。IPADの画面は『鄙からの発信』TOPです。
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# by bouen | 2010-07-21 10:52 | 只管打座の日々

魂魄Ⅱ

 生命の有り様と連続について、先頃お亡くなりになった「井上ひさし」氏が、我が蒸発始末記と題するエッセイ集に収録されている「本とわたし」の一節に、とても判りやすく説かれているから、以下に引用する。

 地球上の生物に共通するのは「死ぬ」という事実である。たしかに生あるものはみんな死ぬ。だが、よく見ると死ぬのはそれぞれ個体であって、生命そのものほ(核戦争が地球をこわしでもしないかぎりは)永遠に連続してゆく。

 わたしたちの一人一人が、地球上に出現した初発の生命を引き継いでおり、だからこそいまこうやって生きているのであり、この生命を後の世代に移し伝えてやがて死ぬ。わたしたちの個体は、そこで灰になり、土へ還る。がしかし、わたしたちが中継した生命は地球最後の日までたしかに続いてゆく。

 つまりわたしたちは、生命の永遠の連続の、とある中継点で生きているのである。この中継点で、わたしたちはこれまでの生命の連続のすべてをぐつと引き受け、できればその連続になにかましなことを一つ二つ付け加えて、あとはすべてを後世に托する。これが中継走者の役目だろう。


 井上氏の説かれていることについて、別の表現をすればこうも云えるのではなかろうか。
 宇宙が誕生して約二百億年、地球が誕生してからも約四十億年、地球に原始生命が生まれてから約十数億年が経過している。 しかし、現世人類が生まれてからはまだ十数万年である。まだとは言ったものの、十数万年でも凄い長さである。百歳未満のひとの一生の長さからすれば何千倍にも相当する長さである。

 その長い々々歳月のなかの一つの連結節に我々は存在しているのである。永い過去から遠い未来につなぐ位置にあって両者をつないでゆく希有な存在であると言えるのである。しかし、別の観点から見れば、数え切れないほどあまた在る人という存在の僅かな一人であり、取るに足りない存在であるという言い方もあるだろう。

 長い歴史の中に数え切れないほど多く存在する生命の一つに過ぎないと言ってしまえば、ひとつひとつの生命はとても軽く、在るや無きやの存在に感じられてくる。 でも、その一つ一つが存在すること自体が、たとえようもない希有なことでありかけがえのないことなのだと思えば、ひとつひとつの生命はとても重く貴重なものに見えてくる。

 亡き母との対話という心象風景をつないでゆけるのは私ひとりにしか他ならず、私が存在したということを心象風景としてつないでゆくのは、私のDNAを引き継ぐ子供たちに他ならないと思えば、《できればこの連続になにかましなことを一つ二つ付け加えて、あとはすべてを後世に托す》という考え方が素直にうなずけるのである。
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# by bouen | 2010-07-15 01:51 | 只管打座の日々

サイトの旬Ⅱ

 ウエブサイトには旬があると書いたのは、そう遠くないことである。 『鄙からの発信』にも当然に云えることであるし自覚もしているが、茫猿が渉猟するサイトも時と共にいつの間にやら、うつろっている。 最近、毎日のようにチェックするのが、このサイト「記憶の彼方へ」である。

 今日は敬愛する辺見庸氏についてふれている。 が何より佳いのは、鋭く時勢を洞察していながら、それでいて物言いがとても穏やかなこと、もっと佳いのは掲載されている写真の美しさである。 いつの日にか、こんな写真が撮れるようになりたいと願っている。
 前日の「毎日コツコツと更新するサイトや人生」と題する記事も、胸に落ちてくる。

 近づけるよう願いながら、雨の庭先で切り撮った手すさびである。





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# by bouen | 2010-07-14 04:44 | 只管打座の日々

参議院選挙Ⅱ

 選挙の結果、民意は自民復調、民主お灸と出た。みんなの党はマスコミ露出度と主張の明快さが追い風となった。アジェンダを連呼する目新しさもあった。
 これで、また一年、二年あるいは三年のあいだ政治は混迷が続くのだろう。各党に成熟した議会主義というおとなの対応を期待するのは、無いものねだりだろうな。

 与野党衆参逆転、離合集散、有為転変の劇場型政治が続くかと思うとうんざりする。
菅直人氏いわく、「ギリシャみたいになったら大変だと思った、だから消費税論議を唱えたがいささか性急すぎた。」 性急ではなく唐突だろう、何より民主党の優先順位は歳出削減、合理化ではなかったか。 風頼み選挙を行うつもりが、迅風に負けたということか。

 それにしても、一人区の三年ごとのぶれを見るにつけ、55万票獲得して次点となった東京都選挙区、13万票で当選する高知選挙区の大きすぎる落差に唖然とする。地域代表が必要であることは言うまでもないが、4倍を越える一票格差は妥当なのか。

 話はがらりと変わって、《ドイツ、オーバーハウゼンの水族館のタコ、パウルはワールドカップ3位決定戦のドイツ、決勝のスペインも当てた。》 大会で予想した8試合すべて的中させるという驚異的な蛸に、これまた唖然。
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# by bouen | 2010-07-12 07:42 | 茫猿の吠える日々

参議院選挙Ⅲ

 今回の選挙で岐阜県選挙区から立候補し、平成10年の挑戦に続く二回目の挑戦で見事トップ当選された方に「渡辺たけゆき」議員がいます。 渡辺氏は不動産鑑定評価への理解がとても深い国会議員です。
 と申しますのも渡辺議員の実弟が(社)岐阜県不動産鑑定士協会に所属する渡辺貴紀氏だからです。 今日も当選御礼の挨拶廻りで多忙を極めるなか、岐阜県士協会の会合にお顔を出していただき、御挨拶を頂戴しました。 これからの不動産鑑定業界にとって、心強い御支援がいただけるものと期待されます。
 同時に私たちも変わらぬ支援を続けてゆきたいものです。
 渡辺たけゆき参議院議員サイト(現在は、まだ県会議員サイトです)
 渡邉カンテイ事務所 渡邉貴紀氏
 岐阜県選挙区・選挙結果
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# by bouen | 2010-07-12 05:33 | 茫猿の吠える日々

参議院選挙

 今日は参議院選挙の投票日である。あと十数時間もすれば今回の選挙結果が明らかになるだろうし、今後二年ないし三年間の国政の有り様も見えて来るであろう。 投票日の二日前になって多くのメディアは世論調査結果として与党の不利と野党の上げ潮という結果を伝えている。 そしてその世論動向をもたらしたものは"消費税論議"であるとも伝えている。これらのマスコミ論調や世論調査結果は正しいのであろうかと考えさせられ

続きはこちら
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# by bouen | 2010-07-11 11:12 | 茫猿の吠える日々

魂魄

 母の死後、二ヶ月余が過ぎてしまえば、母を思い出すことが徐々に少なくなってゆく。
人は死ぬと無に帰ってゆく、人に限らず生き物は総て死ねば、有機物から無機物に変わってゆく。 生き物の証である命は、その継承をDNAが司っているのであり、DNAの継承のみが命のつながりなのであろう。 母が死に遺骨に姿を変えれば、有機物から無機物に変わってしまったといってよいのであろう。

 母の思い出とか魂魄などと言われるものは残された人々の記憶のなかにつながっているだけであろう。 死者は生者のなかに生きると云えよう。 昨日、NHK:百年インタビューで柳田邦男が、彼の次男の自死にふれて、このようなことを言っていた。

 宗教的な意味でもオカルト的な意味でもなく、死者の魂魄というものは、不滅であると思う。 魂魄(霊魂、たましい、思い出、心情などと表現してもよかろう)は残された近しい者の心のうちに生き続ける。次男の魂魄が柳田邦男の心のうちに生き続け、死者との対話を続けているように、柳田自身の魂魄はその死後において、妻や長男や近しい者の心のうちに生き続けるであろうことを願う。


 おおよそ、こんなふうに述べていたと思う。母の魂魄(母への思い、心情、たましい)が私や長男や次男の心のなかに、心象風景として生き続けるように、私の死後、我が魂魄は誰の心のうちに生き続けるのであろうかと、ふと思う。 誰の心のなかにも居なくなったときに、死者は生物的死に続いて、心象的第二の死を迎えるのであろう。

 このように思い定めてみれば、葬式も法要も霊前に花を供えることも、死者へとつながる総ての行為は、自らと死者との対話に他ならないのである。 己の心象風景に過ぎないと言えばそれまでであろうが、己の心象風景としての対話を続けることが、実は己自身の生きる証なのでもあろうと思われる。
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# by bouen | 2010-07-11 10:21 | Who’s 茫猿

清水千弘氏講演会

 以前に当サイトでご紹介した清水千弘氏の講演会が、岐阜県鑑定士協会の主催で行われます。 開催期日は以下の通りです。 受講お申し込みは岐阜県鑑定士協会事務局宛(7月末締切)へ行って下さい。会場の都合から受講者は申し込み先着順70名にて締め切られます。

《清水千弘氏講演会》
日時 : 平成22年8月20日(金) 《日程が変更されました。》
Ⅰ部 13:00~15:00 (一般公開方式70名まで)
「変貌する都市と不動産市場 (不透明化する不動産市場を読み解く力)」

Ⅱ部 15:30~17:30 (鑑定士限定70名まで)
「不動産価格は誰が決めるのか?(信頼される鑑定評価とは)」

場所 : Ⅰ部Ⅱ部 じゅうろくプラザ 5階会議室 (所在地:岐阜駅前)
参加費 : 無料
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# by bouen | 2010-07-10 03:37 | 不動産鑑定

G-spatial EXPO

「"いつ・どこ情報"で暮らしが変わる、未来を創る」をテーマに、G-spatial EXPO(G空間EXPO)が、この秋横浜で開催されます。 主催者は産学官から構成されるG空間EXPO実行委員会です。NSDIやGISに関心のある方は、予定にいれておかれるとよいでしょう。茫猿も見学する予定です、関わっているNSDI-PTが逡巡を繰り返しているあいだに、世間は何処まで行ってしまったのかを確かめてくるつもりです。

※開催日時  2010年9月19日(日) ~ 21日(火)
※開催場所  パシフィコ横浜(横浜市西区みなとみらい)
※サイト   G-spatial EXPO
※G空間社会 政府インターネットTV
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# by bouen | 2010-07-08 03:38 | NSDI:地理空間情報

峠の日

 今日7月2日は、一年の中日、折り返し点、つまり峠の日だそうである。 一年365日を二分する中間点という訳である。 事務所の移転、母の介護そして看取りと送り、と今年の前半は慌ただしい半年であった。 明日からは静かな後半の日々でありたいと願うのである。 一昨日、農小屋の中に母が里芋の種を保存してあるのを見つけた。もう芽を出していたし、適期を既に一ヶ月以上過ぎてはいたけれど、せっかくの種芋だからと、耕してあった畑に植え付けてみた。 結果に多くは期待できないが、少しでも収穫できれば母の意に叶うというものである。

 植え付けた花の苗のその後は、日照りが災いしているようではかばかしくない。グリーンカーテンは、梅雨に入ってから初めてにしてはまあまあ順調である。 茄子は既に収穫しているし、今朝は花胡瓜を見つけたので、モロキュウでいただいた。 茄子といい胡瓜といい、自ら育てた収穫物をいただくのは、心豊かになることである。
   

 こちらは、母の遺作である。花の名前は知らないが、切り取って霊前に供えた。
   

 こちらも、遺作である。百合の一種だろうが名知らずである。
   

 今年の柿は厳しく刈り込んだから、実りはあまり期待できないが、それでももう青い実が見える。
   
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# by bouen | 2010-07-02 06:01 | 只管打座の日々

遺す言葉

 「遺す言葉」とは、ご大層なタイトルである。 昔、"暮れなずむ町の光と影のなか"という歌い出しで始まる「贈る言葉」というヒット曲があった。 それにならって、暮れなじみ始めた茫猿が、最近にお会いした何人かの御同業の後輩諸氏へ遺す(のこす)言葉である。 彼らは一様に現状を嘆き、閉塞感を訴えるのである。 彼らが何かを進めようとしていない訳ではないが、そこに戦略性が乏しいし戦術に柔軟性が薄い。 どうか、いつもの茫猿節よと冷笑せずに、終わりまで聞いてほしいと願って遺す言葉なのである。

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# by bouen | 2010-06-30 02:10 | 茫猿の吠える日々

この日、集合

 井上ひさしさんが亡くなったのは、去る四月のことです。 井上さんについて、幾つかの随想や短編を新聞や雑誌などで読んでいましたし、週刊金曜日などを通じて彼の考え方も断片的には知っていましたが、亡くなるまで、井上さんの書かれたものを単行本で読んだことがありませんでした。 だから直木賞を授賞した「手鎖心中」も、SF大賞を授賞した「吉里吉里人」も読んでいませんでした。 お亡くなりになってから、週刊金曜日の追悼記事で「この日、集合」を知り、読みたくなり、ようように落ち着いたしばらく前に通販で購入しました。

 「この日、集合」はA5版104頁という薄い冊子にしては、頒価1000円ですから高いと感じる本です。でも、薄さと中味は反比例します。 井上ひさし、永六輔、小沢昭一という当代一流の語り手たちの独話集と鼎談が納められています。
 

 サイトの惹句を引用すれば「何も言えなくなる前に、言っておきたいことがある。 憲法制定から60年の5月3日、井上ひさしさん、永六輔さん、小沢昭一さんの3人が急遽集まった。この3人が集まれば何かが起きるに違いない・・・。こんな時代だからこそ、どうしても伝えたい大切なメッセージが本になりました」とある。 語り手の名前を見れば判るとおり堅い本ではありません。 軽妙で面白く、そしてじっくり考えることを求める本です。

 書中で永六輔さんが、三波春夫さんの隠れたエピソードを紹介し、その文脈で憲法99条についてふれています。憲法というものの根元的な意味、すなわち憲法は国民を規制対象とするものでも、国民が規範とするものでもなく、為政者を規制し為政者が規範とするものであるということです。 《憲法99条

 どうせ通販購入だから送料を節約しようと、この本の他にも幾冊か求めました。 まだ届いて間がないですから、読み終わったのは「この日、集合」と「ムサシ」だけですが、いずれも面白く一気に読めました。 「この日、集合」は先に述べたとおりですが、「ムサシ」は秀でた役者たちが絶賛する井上戯曲のセリフ回しの面白さ、展開の意外性などを楽しませてくれます。「組曲虐殺」を読むのが楽しみです。

手鎖心中:井上ひさし著、文春文庫
ムサシ(戯曲):井上ひさし著、集英社
組曲虐殺(戯曲):井上ひさし著 集英社 2010/05/10発行の遺作です。
わが蒸発始末記(エッセイ選):井上ひさし著、中公文庫

 そして「ボート」、生後3ヵ月でベトナム難民となった著者による短編集です。まだ冒頭の「愛と名誉と憐れみと誇りと同情と犠牲」を読んだだけですが、とても巧みな語り手です。訳者も優れているのでしょう。 こんな表現には脱帽です。
 何時間も、いや何日かもしれないが、それだけの時があって川面は凍るものなのだ。 ようやく氷が張ってから、完璧に結晶した世界を閉じこめる。 ところが、その世界も、ぽん、と石を一つ投げただけで、あえなく崩壊してしまうかもしれない。
ボート:ナム・リー著、新潮クレスト・ブックス

 井上ひさし著、わが蒸発始末記の冒頭「喜劇は権威を笑う」には、次のような一節がある。大いに我が意を得るのである。
 高名な数学者が数の神秘について語るのを聞くことは、わたしにとって大いなる知的よろこびであるが、なぜ彼はそのうちに、日本人ならかく生きねばならぬなどと指図をするのか。

 いかなる権威も偶像も重圧も、わたしたちと同じ人間がつくりだしたものであることに気づくことも、よいことであるからだ。 しかし、この方法を使いこなすにはずいぶんと勇気が必要になるだろう。 なぜなら、非合理の権威も不合理の神も、おのれが矮小化されるのを黙って見ているはずはないから。

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# by bouen | 2010-06-26 01:27 | 只管打座の日々

祝 Samulai Japan


午前4時前、納期が迫る仕事を頑張っていて、
なんとなくTVをつけたら、デンマークをリードしている。
ベスト16が大きく見えてきた日本チーム。
仕事は完了したし、日本も頑張っている。 結構々々!!

午前五時半、おめでとう!!!!  
強い日本を見た。
FKゴール2本のあとは、
本田、岡崎の見事な連繋の三点目 
快晴のサムライブルーの朝 V(^_^)V
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# by bouen | 2010-06-25 05:42 | 只管打座の日々

くちなし

 梅雨時の花の女王は一般的には紫陽花であろうが、茫猿は梔子が好きである。今年も梅雨が始まって間もなく、ほのかな甘い香りを漂わせながらクチナシの花が咲き始めた。

 今朝のクチナシの花、緑濃い葉のなかに真っ白な花が美しい。 ただ、クチナシの花は梅雨時に咲くから、雨に打たれると直ぐに茶色く色褪せてゆく。
   

 土曜日は、母の六七日だったから忌明け法要を済ませた。これで母の死にまつわる一連の行事が全て終わる。息子達が見舞いや看護に駆けつけてくれた大型連休頃から始まった我が家の《まつり》が全て終わったということである。 一連の為さなければならない行事を終えてしまった今朝は、なにやら憑き物が落ちたような感じがする。 こうして一日、また一日と母のことを忘れてゆく、あるいは思い出さなくなってゆくのであろう。 それにしても、一年後の年忌法要までは訪れる人疎らな、閑かな前期高齢者と後期高齢者二人の暮らしが、いよいよ深まってゆく。

 日曜日、法事のために帰省した息子達を慰労して、高速道を多治見へ向かい澤千で櫃まぶしを食し、セラミックパークを観た後に轆轤回しを付き合う。茫猿の轆轤回しは途中退避。
 セラミックパークはバブルの残影でもあるが、逆にバブルの頃だからこその建造物でもある。今や上手く使ってゆく前向きの発想が求められる。 ここの水の流れる陶壁と池の中庭は心癒される空間である。
 
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# by bouen | 2010-06-21 10:23 | 只管打座の日々

IPADそしてNSDI

 昨日のIPADの話であるが、なにやら意味不明かもしれないので、追記しておきます。
IPADとNSDIの関連を具体的に記せばこういうことである。

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# by bouen | 2010-06-21 08:16 | NSDI:地理空間情報

DRAINSPOTTING

 DRAINSPOTTING:ドレーンスポット:鄙からの発信では蓋のこと。 おしゃれで楽しく美しい本が届きました。送り状に何も添え書きはなかったが、父の日プレゼントのようです。

 iPADに触りました。感激する優れ物です。様々な場面で新しいステージへ跳べそうです。 早速にiPADiMacGPS内蔵カメラを購入して、YUBICHIZと「WimaxWifiモバイルルータ」を使った実験を始めたいと思っています。
 
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# by bouen | 2010-06-20 08:01 | 只管打座の日々

茄子の花

 干天が続いたから、成長がとても遅かった庭先のグリーンカーテン(日除けの蔓棚)だが、この二、三日の雨続きでぐいぐい成長し始めている。梅雨明け頃には心地良い日除けが出来上がっているだろうと期待する。

 プランターには蔓性のヘチマ、朝顔の他に実用を兼ねてミニトマトや茄子も植えているのだが、さすがに「親の意見と茄子の花は、千に一つの無駄がない。」である。あと数日待たずして茄子の初収穫がかないそうである。

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# by bouen | 2010-06-18 03:46 | 只管打座の日々

移ろう季節

 今週初めくらいから梅雨入り模様です。乾ききって備中鍬をいれると砂ぼこりが起きていた畑も、雨にしっとりと濡れて良い感じです。晴れ間を縫ってなにがしかの野菜や花の種を播いてみようと思います。

 移ろいゆく季節の変わり目はいとおしいものですが、今年は常に増していとおしく雨にも風にも心が揺らされます。腰の曲がった母が作業用の手押し車を押して、からだを右に左に揺らしながら木陰を歩いて来るのが見えます。畑には昨冬に母が仕付けていた作物はもう何もありません。

 それでも畑の其処此処には母の手のあとが残っています。動力管理機で耕作し易いように畑を変えてしまおうかと思いましたが、少しでも母の慈しみのあとを残すためにあぜ道も畑区画の姿も今のままにしておこうと考え直しています。

 昨日、何か残っていないかと、写真ファイルを探していましたら、二年前のファイルを見つけました。それが母を写した最期の写真でした、さすがに衰えは隠せませんがガン告知の前ですしまだまだ達者だった頃の写真です。 これからデジタルプリントしてこようと思います。 亡き弟の孫、母には初の曾孫を抱いてほほえみを浮かべている写真を、近く七七法要に帰ってくる息子達にも用意しておいてやろうと思っています。
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# by bouen | 2010-06-16 09:41 | Who’s 茫猿

Railways

 Railwaysとは、49歳で自らをリストラし鉄道の運転士になった男の物語です。
昨年春に乗った一畑電車が懐かしかったし、中井貴一さんと奈良岡さんが好きだから観たのですが、物語の背景になっている奈良岡さんと中井貴一さんが演じる、つき放した母と息子の心模様が最近の自らに被さって感情移入しました。

 小品だけどほのぼのとした佳作です。主人公とは十七年も歳は違うけれど、「いつからでも 人は前に進むことができる」と、自らのこれからの生き方までも考えさせてくれる映画でした。 そんなことを抜きにしても、一畑電車のデハニ50型を堪能できたし、宍道湖の畔を電車が走る風景にもひたることができたし、納得の佳作です。年老いた登場人物(奈良岡さんや笑福亭松之介さんが演じる)の「長年住み慣れたところを離れたくない。」、「年をとると変われない。」というセリフや「我が家で死にたい。」というセリフも、素直に胸に落ちてきます。
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# by bouen | 2010-06-11 05:40 | 只管打座の日々

原点に還ればNSDI-PT

 愚痴ばかり並べて傍観していているのも気が引けるが、NSDI-PTについてはあらためて原点を振り返ってみたらと思っています。
 原点とは2008/06/21付け鑑定協会に発信した「NSDI・PT設置提案書」のことです。

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# by bouen | 2010-06-11 02:07 | NSDI:地理空間情報