鉄道模型

 ページトップの写真でお気づきかもしれないが、筆者の少ない趣味の一つが鉄道模型(Nゲージ)である。
おいおいに記事にしてゆく予定だが、とりあえずは小生が主宰する別サイトの記事を引用する。
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# by bouen | 2005-09-09 08:09 | 線路ハ何処迄モ

常備菜三種-1 筑前煮

 常備菜について書いてみる。男の料理でもある。常備菜三種とは、今が旬の柚(ユズ)を用いた柚餅子、ちりめん山椒、そして筑前煮である。
 作り置きができる期間の長さからいえば、前の掲載順であるが、レシピの掲載順は筑前煮から始めてみよう。先日も茫猿は、この三種の菜を作ったのであるが、いずれも男の料理としても優れたものである。
何が優れているかと云えば、ざっくりと作れることである。
単純な料理ではあるが、単純なだけに創意工夫の余地も多い。
 正月のおせちにもなるし、根菜を多く使うから身体にもよい。酒のつまみにもおすすめである。男が何度か作って、自分の味に到達すれば、家庭で株も上がるだろうし、調理が出来るという「災害に強い男」にもなれる。

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# by bouen | 2005-09-08 07:02 | 只管打座の日々

情断の備えは杞憂か

 新スキームに関して中央管理サーバシステム構築は着々と進んでいるようです。
本年度予算措置も講じられつつあると仄聞します。
 しかし、新スキーム情報を受けて「共同利用」実施のために整備しなければならないと考えられる「都道府県士協会ネットワーク構築」に関しては、遅々とした歩みであり、本年度構築は期待薄である。
危うい状況を放置しようとする鑑定協会理事者の姿勢には隔靴掻痒の感一塩であるが、無役の鄙人の身である茫猿としては如何ともし難いのである。

 茫猿も手をこまねいている訳ではない。機会ある毎に説得を試みている。
でも、なかなかに理解を得られないのである。
勿論のこと、全ての役員氏が無理解という訳ではない。十全に理解を頂いている方も少なくない。だがしかし、現実という壁の前に多くの役員氏は妥協を余儀なくされているようにみえるのである。

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# by bouen | 2005-09-07 07:45 | 不動産鑑定

止揚学園と井伊文子様

 止揚学園から年に三回発行されている冊子「止揚」が送られてきた。
目次を入れても全43頁の小冊子であるが、毎号考えさせられる記事が多い。
今回は彦根の井伊文子様の追悼記事が特集されていました。

 井伊文子様は昨年11月22日に87歳でお亡くなりになりました。
茫猿は、歌人であり茶人としても著名な井伊文子様と止揚学園との間に永年にわたるお付き合いがあることは兼ねてより承知していたが、その深い事情については知らなかったのである。

 井伊文子様とは琉球王朝尚家最後の王のひ孫にあたる方で、井伊直弼(幕末井伊大老)のひ孫になる井伊直愛元彦根市長の奥様である。
世が世なら王家のお姫様と、止揚学園リーダー福井達雨先生のじつに44年にわたるお付き合いについて福井先生がお書きになった追悼文や、井伊文子様の人となりについて多くの人々がしたためた追悼文が掲載されていました。
 その記事の一部を止揚学園のご理解を得て抜粋します。

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# by bouen | 2005-09-06 06:53 | 止揚学園の人々

止揚の人々

 私と止揚学園とのお付き合いは、ある時に届いた学園を紹介する一通の手紙と、郵便振替用紙から始まりました。同志社大学の先輩(神学部卒)が恵まれない人々のために頑張っておられる。それも私の住む岐阜からほど近い能登川の町で、時に園生のウンチと格闘し、時に世間のいわれない偏見と闘っておられる。その時は、何かのお役に立てればという軽いノリと、たまたま懐に少し余裕があったことから、僅かなお金を振り込むことから始まりました。普通なら、それで終わったことでしょう。

 しかし、暫くして届いたカラフルで丁重な直筆のお礼の手紙や、冊子「止揚」の記事が、今に続くお付き合いのもととなりました。と云いましても、年に一、二度僅かなお金を振り込むだけのお付き合いです。多くの支援者の皆様のように、物心両面にわたる手篤い御支援とは、程遠い傍観者に近いお付き合いでした。
 数年そんなお付き合いが続いた後に、一度は学園を訪れてみたいと思うようになりました。冊子や書物で承知していても、実際にどんな施設なのか、どんな方々が暮らしておられるのか、この目で確認したいと思うようになりました。そこで、妻と二人の息子と学園を訪れて、皆様にお会いしました。

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# by bouen | 2005-09-05 07:32 | 止揚学園の人々

士協会ネットワーク構築

 平成17年4月1日をもって全面施行された「個人情報保護法」と「個人情
報保護に関するガイドライン」は、事務所にシュレッダーを設置することや、
事務所のパソコンにパスワードを設定して管理することなどをはじめとして、
我々不動産鑑定士や鑑定業者に様々な対策を求めています。

 それは、法が情報漏洩後の救済を意図するものではなく、漏洩という事態を起こさないように予防措置を講じることを求めているからです。
同時に平成17年度より試験施行が予定されている取引価格情報開示制度(通称新スキーム)は、取り扱う個人情報(取引情報)の情報源が行政情報であることから当然のこととして、個人情報並びに個人データ取扱に関して、専門職業家団体として一般企業以上の安全対策が求められていると考えられます。

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# by bouen | 2005-09-04 09:34 | 不動産鑑定

雨の修学院離宮

 修学院離宮を拝観して参りました。
ご存じですかね? 桂離宮は有名だから皆が知っていますが、修学院離宮は以外と知られていない。
 修学院離宮は、京都市の北東部、比叡山の山麓にあります。
一乗寺下り松の北方、大原や八瀬に行く途中と云えば判りましょうか。
出町柳から鞍馬寺や貴船神社に向かう叡山電車の修学院駅から歩いて15分くらいの距離です。

 茫猿は40年前の学生の頃、この近くに下宿していました。
本当の下宿でして、大きな農家の二階が下宿用六畳間・六部屋に改造されていて、その一部屋に下宿代確か三千円で住んでいました。

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# by bouen | 2005-09-03 12:10 | 只管打座の日々

葛飾柴又帝釈天

 世の中には、「知らぬが仏」とか「見ぬもの潔し」などという話が多い。
「聞くと見るとでは大違い」というのもあれば、「百聞は一見に如かず」とい
うのもある。
 その伝で云えば、今回はマアーそんなものかというところでしょう。

 葛飾柴又帝釈天を訪ねてまいりました。
浅草から、都営地下鉄浅草線に乗り、高砂で京成金町線に乗り換えて柴又までという小旅行です。最初に戸惑ったのが、京成電車と都営地下鉄と京浜急行が相互乗り入れでつながっていることです。つまり、成田空港から羽田空港までが一つのラインでつながっているのです。

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# by bouen | 2005-09-02 13:06 | 只管打座の日々

親馬鹿の背中

【只管打座:親馬鹿の背中:初出99.03.21】

 ・・・というタイトルでものを書く人のほとんどは、「最近親父の背中が小さくなっていく。たまらなくせつない」という演歌調のエッセイくずれをまとめるものと相場が決まっているのだが、くやしいかな我が親父どのはまだ背が曲がる齢でもなく、それどころか腹の贅肉は成長期真っ盛りである。「背中が小さくなった・・・よよ(泣)」というメロドラマを書くのは15年後の楽しみにとっておくことにして、とりあえずは過去、および現況の背中について書こうと思う。

『この記事は表題の時期、このサイトを立ち上げた7年近く前に当時二十を少し過ぎた息子が寄稿してくれた記事である。今回サイトをリニューアルするに際してお蔵入りにするには少し惜しいので、臆面もなく掲載するのである。原題は「親父の背中」であるが、したがって「親馬鹿の背中」である。言い忘れたけど、サイトのリニューアルはこの身内の手によるモノである。』


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# by bouen | 2005-09-01 02:02 | Who’s 茫猿

娘亜希子のこと

(初出:只管打座1999/03/10

 私には息子が二人いますが、息子たちが生まれる前にこの世に生をうけ、早々と親に先だって逝ってしまった娘が一人います。娘の俗名は「亜希子」といい、法名は「釈尼妙光」といいます。娘はこの世には、僅か2年数ヶ月しかおりませんでしたが、彼女の親となり彼女を送ったことは、それからの私の生き方というか処世に随分大きな影響を与え続けているように思います。

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# by bouen | 2005-09-01 01:01 | Who’s 茫猿

Blogの世界

 Blogを始めました。
かねてから始めたいと思っていましたが、なまじっかMyドメインを保有していると、BlogURLも@morishima.comで発行したいと思うのは当然のことであり、サイト『鄙からの発信』から離れることが出来ませんでした。
 しかし、この際は何はともあれ始めようと思い立ち、このBlogページを開設した訳です。Blog鄙からの発信とサイト『鄙からの発信』について当面は記事の重複もありで進めようと考えています。
先ずは宜しく。
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# by bouen | 2005-09-01 00:01 | 茫猿の吠える日々